YOKARO物語(YOKAROバスの顛末)
第1回
 「YOKAROバスは潰れたんやて」「もう走ってないんやて」。
こんな風評が飛び交っています。確かにYOKAROバスとしての平戸線は走っていません。
さつき観光株式会社というところが全く同じ時間、路線を新たに許可申請し、九州運輸局から許可を令和元年7月に受けて現在、走っております。
さつき観光株式会社と株式会社YOKAROは資本も人的にも全く関係ありません。

私の姓名は、松元良司。姓名判断で稜諭とも名乗っています。
父が鹿児島県出身。終戦時、神戸商船の学生時代、引揚千船に従事した後、私が小さい頃は大阪府警の公安。
山形県の高等女学校出の母と結ばれ産まれた子供が不肖の子、私となります。大阪にいる時も平戸に来てからも多くの知人や家族に迷惑をかけております。
大変申し訳ございません。
有限会社SOUDAから株式会社YOKAROへ。

負債総額6億数千万円。

平成26年9月。新田靖浩2代目社長の「全ての路線、貸切を全面運休とします」から始まった全面閉鎖の通告は、全社員に衝撃を走らせました。
勿論、株式会社YOKAROに売掛金のある企業・個人の皆様に於かれましては納得のいかないモヤモヤが未だに残っておられる方が大勢いらっしゃることと存じます。
大変申し訳ない事です。
私にもモヤモヤがあります。私の月20万円の給金の内、賃金270万円や友人から日本再生トラスト合同会社に融通したお礼が未だに支払われていないからです。
そしてこのYOKAROバスに係り多額の借金を作ったまま知らぬ顔で過ごしている輩が誰なのかはっきりしないからです。
新田靖浩氏は明らかに被害者であります。しかし、もっと調査してから出資、融資をしなかった結果だという事は歪めません。ごく最近では年金未払差押え事件がありました。

私は、新田社長に請われ平成25年、11月3日に初めて長崎県の地を踏みました。
これから全てのご迷惑をお掛け致しております皆様にお詫びの意味を込め事実のみをYOKAROとの関わりあいを記していきたいと存じます。
読まれての判断は全て皆様お任せいたします。只、父の息子である以上、嘘をつく事。騙す事。他人の財産を奪う事は、私の許せないところであります。
と言いましても悲いかな全部を記していくことは到底出来ませんし、記憶の薄れたところもあろうかと存じます。
何故なら、今後のバス運営にマイナスとなる情報は私と言えども勝手に記すのは許される事ではない、と思うからであります。
例えば前向きに現在、協力頂いている人たちです。
私と新田靖浩氏との出会いは、元・野村證券大阪法人部にいたT氏の紹介です。ある日、平成25年4月頃でしたか、T氏から電話がありました。
「今回、維新の会から出馬希望の新田靖浩氏を紹介したい」という事でした。で、大阪の私の行きつけの南の割烹五郎で会食をする事になり,三人で食事を取りました。
新田氏は、早稲田大学政治学科出身で維新の会から出馬する為、面接を受けに大阪に来た、という事でした。
会った感想は、学問の上では知識は豊富であるが実際の選挙は知らない事が判りました。それとあまりに正直すぎて議員に必要な腹芸ができないように思いました。私が申し上げました事は「維新の会は、大阪でこそ価値があるけれど新田氏の出身の長崎では疑問である」という意見でした。
それで選挙が間近に迫る中、「一度、実際の選挙に直に感じてみればどうか」と古賀友一郎氏の選挙にボランティアで参加するように薦めました。新田氏は素直なところがあり即座に応じました。
私も言った都合上、単に選挙の手伝いをさえる訳にもいかず奈良県の片山雅之氏を通じ、奈良県出身の当時、高市早苗総務会長の推薦を頂戴し古賀友一郎氏の選挙応援に新田氏を紹介いたしました。この片山氏は、信義に厚く当代まれな筋を通す今まで出会った中では最高の人物あり私など到底真似の出来る事ではありません。
早速、長崎の古賀友一郎氏の初選挙事務所に佐世保市に入りました。
するとT氏は同じ野村證券で同僚だったという早田圭介氏を呼んでおりました。
早田圭介氏の父君は平戸市自民党平戸支部長の息子ということです。早田氏の結婚に際しましては、父君の自民党の関係上、参議院議員金子原二郎の媒酌をお願いしたそうです。ちなみに現・平戸市長は、仲人の金子原二郎代議士の秘書をしていたと聞き及びました。
一般社団法人YOKAROの1億円以上ある売掛金問題、平戸市ふれあいバス事件、野菜海苔等長崎市にある、ナビックス事業協同組合の裁判。
最近では年金事件、事故に対する東京海上保険問題、本社賃貸物件移転にYOKAROバスに関連した内容と様々な昔語りを書き記してみたいと思います。
(次回は、1カ月後。月1回の掲載を予定しています。将来的には一つの本にして発刊したいと思っております。その時は全て実名にします)